町山智浩氏によるマンガ『モテキ』批判が痛快だった

モテキ 1-4.5巻コミックセット (イブニングKC)
非正規雇用、就職率、離職率、賃金の低迷。昨今のように「働くこと」が難易度が高まっている背景には大きな意味でのグローバル化というものの影響があるといえます。労働市場が国境を越えたことによって、多くの国では仕事をいくつかの国の人々の間で分け合う状況にあります。日本語という特殊な言語や地理的要因に労働者としての日本人が守られた時代はおおよそ終わりつつあります。都内では中国人店員のいないコンビニは希有だし、日本語Webサイトの制作ですら数年前から東南アジアの国々で制作するケースがありました。あるいは、私たちがZOZOTOWNで購入する服や、ヨドバシカメラで購入する家電の大半がアジア製です。純日本産の製品やサービスというのは贅沢品になりつつあります。そしてその傾向はこれから年を追う毎に顕著になるでしょう。

働くということ – グローバル化と労働の新しい意味 (中公新書)
では私たちが生きていくためには、潔く労働賃金を低下を受け入れて海外労働民に対抗するしか選択肢がないのでしょうか?あるいは海外の労働力が及ばない特殊な領域だけを日本人同士で奪い合うしかないのでしょうか?そんなことはありません。
社会の成熟に伴い人々の価値観はより多様化していて、インターネットによってどんなマイノリティでも売り手と買い手が互いを見つけられるようになりました。ある観点からこれをロングテールと呼んだ人も居ます。ここに解決の糸口がある。従来のように、マスで画一的な製品やサービスを大量生産するならコスト勝負の一途たどる他ありません。皆に同じように物事を受け止めて欲しいマスメディアの凋落の本質はここにあると思います。方や、自分という個人だけが気付いている社会や地域の課題を見つけて解決手法を確立して換金するというやり方ならば、コストよりもアイデアやクリエイティビティが差別化要件です。この創造性に富んだスモールビジネスこそ、グローバルな労働市場において貨幣価値的に不利な先進国の労働民に求められることではないでしょうか。何より働くことの悦びが段違いに高まるはず。
そしてそのようなプレイヤーになるために必要だと強調したいのが、”狂った情熱”です。何かについて自分が一番うまく解決できるという状態は、大体の場合その対象に対して寝食を忘れるほど夢中になれる情熱があることが前提です。このチカラの源泉こそ”狂った情熱”であるといえます。情熱を伴わない単純作業でメシを喰える時代は日本では近い将来に遠い過去になる。
だからこそ私たちは何かに”狂った情熱”を感じさせる人に魅了されます。スティーブ・ジョブスはその最たる例だと思います。そして、個人的にこの”狂った情熱”を感じさせてくれる人として最もしっくり来るのが町山智浩氏です。ああ、やっと話が繋がった。
町山智浩氏は映画評論家でありながらも多方面に対して過激な物言いで有名なのですが、映画に対する情熱に関して言えば”狂っている”という表現が賛辞として最も適切だと思います。彼の出演する番組では時々、リスナーがうる覚えの映画のワンシーンについて語るとそれが何という映画なのかを町山氏が瞬時に回答するという名物芸がありまして、彼の映画に対する造詣の深さを端的に表しているといえます。

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その町山氏が気まぐれで更新するPodcast番組『町山智浩のアメリカ映画特電』では毎回1時間程度にわたって休憩もナシに一気に作品考察が繰り広げられていてリスナーを圧倒するのですが、その最新号(第110回)では、途中でいわゆる”モテ”に対する考察が述べられており、その中で展開されたマンガ『モテキ』に対する批判が非常に印象的で痛快だったので、関係する箇所を書き起こしてみたいと思います。こういう発言の書き起こしが褒められることかどうか分かりませんが、問題があったら後で消すのでごめんなさい。
とある映画で女性が恋に落ちる瞬間をとても生々しく描いているという話から
町山「これを観て思うのは、オタクだからモテないとかいう人とかいますよね、で、女のために一生懸命やんなきゃモテないのかと、それこそうまく女の子と話せないとモテないのかと思う人がいたり、女のためにオシャレな服を着たりしないとモテないのかと思ってる人とかいるじゃないですか。僕は思ってましたから。僕は服とかに全く興味がないんですね。それと後、女の人と話を合わせることは全然出来なくて、で、もう女とかどうでもいいやと思ってたんですけども(笑)
で、最近もなんか「モテ服」とかいう言葉あるでしょ?この服着てるとモテるとかそういうの一生懸命着たりしてる人とかいるじゃないですか。それって、この人はモテたくてこういう服着てるんだなとか思うんだけれども、別にそんなことまでして苦労してモテる必要はないなとオレは思っちゃうんで別に服とか興味ないんですけども、ねえ…(間があって)
一生懸命やりたいことやってりゃいいんじゃないですか?
それで別にモテなくてもいいし、で、それを見て「ああ、好き」と思ってくれる人がいたらそれでいいじゃないですか。別に女の人を追いかける必要なんか何もないし。本当に好きなことにただ夢中になることが最初なんだと。それやってればいつかそれを見て好きになってくれる人がいると思うんですよね。
で、僕は『モテキ』っていう、あの映画の方は観てないんですけども、マンガの方は本当にダメだなあと、これは本当にダメだと、どうしようもないなと思ったのは、その主人公はモテないモテないって言って、自分がモテないのは女の人とちゃんと話さないからだと思っていて、そういう結論に話的にもなってるんですけど、そんなことどうでもいいじゃないかと思うんですね。この男の問題、モテない問題っていうのは、やりたいことが見つからないし、何も夢中になって一生懸命やってないからなんですよ。で、書き手の方はどうもそれに気が付いてないみたいで、何故この男は魅力的でないのかっていうと、それは何も一生懸命にやってないからですよ。好きなことが何もなくて、もうただダラダラとして、それで女にモテたいなんて思ってるだけだからですよ。これはモテるわけないですよね。
ねえ?何だろう、これ分かってないのかな?書き手の人が、っていう風に思ってどうしようもないです。僕は最後そっちの方に向かうと思ったんです。主人公が結局女にモテたいモテたいとかそういうんじゃなくて、モテ期がどうこうとか言ってるんじゃなくて、やりたいことを見つけて、一生懸命やるという結論に行くのかなと思ったんですよ、自分自身のために。そうしたらそう行かないんですよね。
で、ものすごくこの書き手の人は、あんまり人間ってものをよく考えてないんだなと、深く考えてないのかなとか、自分のことを考えてないのかなとか、いろいろ思ったんですね。自分のことを一生懸命考えると、自分が一番楽しいことをやっていることが楽しいんだから、それをやってればいいじゃない。で、それ以上のものはないですよ。それで女がついて来るついて来ないとか、異性がついて来るついて来ないってのは、もう二の次じゃないですか。
まあそれは置いておいて映画『野性の眼』なんですけども…」
ボクはこの話を聞いて、どうして自分が『モテキ』を読むのを3巻で止めてしまったのかがよく分かりましたし、ものすごく納得したんです。確かにモテ服などという概念は動物の求愛ダンスと同じ程度ですからね。そして何より町山氏自身が、自分の好きなことに対して一生懸命になるということで人生を切り開いてきたという絶対的な自信や哲学に満ち溢れていて、このトークにある種の感動を覚えました。それでどうしてもこのストーリーを文章で残しておきたくて、こんな夜中までかかって書き留めた次第です。いやいや疲れた。
ただし映画版の『モテキ』に登場する長澤まさみは異常なほどエロかわいいと聞きますので、こちらはどうにかして観ようと画策しております。

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